「No Travel, No Life. 世界をより深く知る。それが『平和の力』になる」。そのアメリカ人起業家は言いました。【#4】
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「No Travel, No Life. 世界をより深く知る。それが『平和の力』になる」。そのアメリカ人起業家は言いました。【#4】

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6月上旬のアメリカ、フロリダ州オーランド。世界有数の旅行見本市「インターナショナルナル・パウワウ」が3年ぶりにリアル開催され、会場は大いに盛り上がっていました。“It was amazing to be here again.” と、現地からその感動を伝えてきてくれたのが、マージョリー・L・デューイさんです。

アメリカ生まれの彼女が単身、大好きだった日本で未知のツーリズムの仕事に就いて35年。アメリカ・ジョージア州の観光開発を皮切りに、国内外にどんどん取り組みを拡大させ、多岐にわたる観光マーケティング受託ビジネスを展開、今では業界でも有力な1社です。その “イリノイの田舎から来た少女”は、なぜ旅の世界に入り、どのように走ってきたのでしょうか。その紆余曲折と思いを聞きました。
(冒頭写真は、シカゴからサンタモニカまでアメリカを横断して走る旧国道『ルート66』。様々なカルチャースポットでもある)


コネクトワールドワイド・ジャパン(CWWJ) 代表
マージョリー・L・デューイさん

〔Profile〕
米国イリノイ州出身。早稲田大学への留学をきっかけに日本に興味を抱き、日本でも40年近いビジネス実績を持つ。ミシシッピリバーカントリーUSAやイリノイ、カリフォルニア、フロリダ、ロサンゼルス、シアトルなど米国各地域をはじめ、ニューカレドニアやジャマイカなど世界各国のデスティネーションマーケテイングに携わる。2010年にCWWJを設立。(写真は、2018年ワシントン州オリンピック半島にて)


3年ぶりのリアル開催となった「インターナショナル・パウワウ2022」に参加


「日本で働きたい!」に偶然のチャンス到来


――日本でツーリズム関連の仕事に就いて35年。そもそものきっかけはどういうものだったのですか。

日本で初めて仕事に就いたのは1985年のことです。アメリカの経営コンサルティング会社の社員として日本に赴任して来ました。当時は、ちょうどアメリカと日本の間で航空政策の規制が緩和されつつある時期で、アメリカからデルタ航空など数社の航空会社が日本に乗り入れてきて、日本でも日本航空に加えて全日空も国際線の運航を始めるなど、世の中が新しい時代の幕開けを迎えていた頃でした。

私自身も仕事を通じて旅行市場への興味が高まっており、次のステップに向けていろいろ考えるようになっていました。そんな折にデルタ航空の拠点があるジョージア州アトランタと東京の間に直行便が開設されることになり、たまたま知り合いの方から、「日本でジョージア州の観光開発をやってみないか」と声をかけていただいたのです。

ジョージア州アトランタのスカイライン。旅行ビジネス入りのきっかけになった地だ


――ジョージア州の観光プロモーションが出発点でしたか。

でも、私はジョージア州の出身でもありませんし、ツーリズムビジネスの経験もなく不安でしたが、「日本のことを良く知っているし、細かい部分は教えるから」と言われそのまま採用に。観光については全くの初心者でしたが、日本の大学への留学経験があり、マーケティングに関する知識は持っていたので、日本航空やデルタ航空の方々、旅行会社の皆さんからも色々と教えていただきながら、ジョージア州商務局極東事務所の職員として旅行ビジネスのキャリアをスタートさせました。1987年のことです。

――大学留学が、日本との最初の出会いだった。

はい。高校時代にドイツの短期留学を経験したり、アメリカの大学在学中に国際関係の仕事に興味をもったりする中で、「将来は外交官になりたい、そのために海外留学もしたい」と思いを巡らしていました。私には20歳も離れている兄がいまして、時代的にも「留学するならヨーロッパよりもアジアがよいのでは」とアドバイスをくれました。兄は、仕事で何度も日本を訪れた経験があり日本が大好きで、そんなこともあって大学3年の時に1年間、早稲田大学国際部に留学したのです。

よほど日本が性に合ったのか、帰国して卒業後も、日本語を勉強したくて再び日本に短期留学しており、アメリカで就職してからも「なんとか日本で働きたい」という思いは強まるばかりでした。幸運にもその希望が実現したわけです。

旅の仕事第一歩となった1987年当時のジョージア州事務所の観光広告


ヨーロッパ母子2人旅で見つけた自己の本質


――プライベートでも旅は身近な存在でしたか?

旅することは、子どもの頃からずっと好きでした。アメリカのイリノイ州出身なのですが、母は特に旅好きで、母が運転する車にちょこんと乗せられ色々な所に連れて行ってもらったものです。大きくなって兄弟が家を出てからは、母と私と2人だけで、もう、しょっちゅう旅に出ていました。

初めて飛行機で海外へ行ったのは14歳の時、ヨーロッパでした。3週間で17カ国を回るというアメリカンエクスプレスのバスツアーで、今でも覚えていますが、料金は1人799ドル。ロンドンから始まって最後はパリだったのですが、行く先々で様々な体験を重ねながら、自分でも本当に旅が好きなんだと実感しました。私の人生は旅なしでは成り立たないという何となくの感覚は、この時に身についたような気がしています。


自分の中の“基本”に気づいたヨーロッパのバス旅行


――そのバスツアーで印象に残っていることは。

特に自分にとって「ここだ!」と思えたのは、スイス・オーストリアのアルプスなんですよね。険しい山並み、それを包む深い緑、湖の美しい風景。イリノイの田舎から来た少女にとって、それまでそんなに高い山、美しい風景は見たことがありませんでしたから、ものすごい感動でした。

その時は、あまりピンと来ませんでしたが、今になってよくわかるのが、「山と湖と森」は自分にとって精神の基本であり、とても大事なものなのだという感覚。それがその時に芽生えたように思います。長くそういう自然から離れ、接する機会がないと、何となく心が落ち着かなくなる。今も生活するうえで大切にしている部分ですね。


小さな町も伝え方次第で喜んでもらえる


――ジョージア州をはじめ、アメリカ南部、中西部、西海岸、ジャマイカなどなど、これまで国内外様々な地域の観光プロモーションに携わってこられて感じることは。

どんなに小さな町でも、うまく伝えることができれば、実際に訪れてくださった旅行者の皆さんにとても喜んでいただける。仕事をする中で、これが私の一番感動したことです。

1980年代後半、故郷であるアメリカ中西部の地域は、ちょうど“Rust Belt=錆びた地帯”などと言われ始めたような時代で、まだ観光にもほとんど力を入れておらず、大不況の中、元気をなくしていました。それに比べてジョージア州など南部地域は、観光開発ではすでにずっと進んでいて、その光景を目の当たりにして、「うわー! これは凄いな」と感心するばかりでした。

地方の小さな町や村も魅力の伝え方によって興味も変わる
(イリノイ州ガリーナ/© 2022 Brand USA)


でも同時に、たとえ小さな町であってもやり方次第で、観光地として動き出せるということにも気づきました。アメリカならではの魅力をしっかり磨き積極的に発信していけば、日本との間にも何かつながりをつくれるのではないかと考えるようになりました。

ちょうど空の自由化が進んでいる時期でしたし、日本でもバブル経済を背景に海外旅行が一気に活発化していった。でもその一方で、日米の間では貿易摩擦問題も目立ってきた頃でした。そんな背景もあって、ニューヨークやロサンゼルスといった大都会だけではなく、あまり知られていないような地方の小さな町も、その魅力をきちんと伝えていくことで、微力ながら草の根交流的に両国の関係を良くしていくことにつなげられたらと。こんな思いも自分の目標になりました。


「世界のために、他の人たちのために」


――その思いを形にすべく取り組みを進めた。仕事も順調に?

1987年のジョージア州から始まって、トラベルサウス(米南部地域)やミシシッピ・リバー・カントリーUSA(ミシシッピ川流域10州)、シアトル、カリフォルニア州、ロサンゼルス、イリノイ州、シカゴなど、アメリカ各地の観光促進にわき目も振らず取り組んできました。

ですが、あの米国同時多発テロ事件(9.11)が発生した2001年以降、残念ながら日米間のツーリズムは全く変わってしまいました。その後もアメリカが関わる大きな戦争や爆弾テロ事件が相次いだり、世界でもSARS感染症が流行したりと、日本の海外旅行の様子も大きく様変わりし、ビジネスは厳しい状況に陥りました。実は私自身も体調を崩して、その頃から一時、仕事から遠ざかることになりました。

「ミシシッピ・リバー・カントリーUSA」では中西部・南部流域の小さな町々の魅力に着目し、
ユニークな歴史文化の発信に努めた。写真はミシシッピ川の雄大な眺め。© 2022 Brand USA


――9.11の影響は多大でした。厳しい時を経て、それでも復帰された。そのモチベーションは何でしょうか。

やはり、ツーリズムへの思いの大きさ、ささやかながら日米間の架け橋として貢献したいというパッションの強さだったと思います。仕事を離れたのは、観光産業や旅行ビジネスが嫌になったからではなかったので、自分がもっと世界のために、あるいは、他の人たちのために何かしないといけないんじゃないかと。そして、その具体化に向け友人と一緒にNPOを立ち上げました。

大病を経て、なんとかそれを乗り越えられたこともあり、あらためて自分の人生をトータルで考え直すことができたし、十分な時間もあったので精神的にも立ち直ることができた。NPOを続ける中で折よく、CWWの社長と話をする機会もあったりして、「やっぱりツーリズムに戻りたい!」という自分の本心も再確認できたのです。

一方でNPO活動も大きくなってきて事務所を持ってきちんとやらなければという状況にあったので、「じゃ、独立してやってみよう」と思い立ち、2010年にジョイントベンチャーの形でコネクトワールドワイド・ジャパン(CWWJ)を設立したわけです。早いものでもう12年ですね。

――CWWJの目指すところは。

CWWJは、ビジネス環境に合わせた最適なデスティネーション・マネジメントを行い、観光資源そのものである、この地球や私たちを取り巻く貴重な自然環境、そして、観光に関わるコミュニティへのパッションを常に持ちながら、クライアントに最善のマーケティング・ソリューションを提供しています。そのコンセプトは設立時から変わっていませんし、自分が子どもの頃に抱いた“基本”の思いを生かしたものでもあります。

マージョリーさんお気に入りの場所、ワシントン州オリンピック国立公園(ホーレインフォレスト温帯雨林)。自然環境保護もツーリズムの役割の1つ、CWWJのコンセプトでもある


「もっと旅に出て各国を巡り、深く知ってほしい」


――2020年代に入りコロナ禍も経て、観光産業はサステナブルやレスポンシブル、アドベンチャーなどなど、認識を様々に問われています。ご自身がツーリズムに関わっていく上で大事にしたいと思うことは。

基本的に、ツーリズムの本質、根本は変わらないと思っています。それは、「人は旅に出ることで、少し新しい自分になれる。人生を変えるきっかけが生まれるという期待」です。この気持ちは多少の違いはあっても、皆さんが持っているのではないでしょうか。

訪問先で新しいことを見つけること。それはおいしい食べ物かもしれないし、アートかもしれない。あるいは風景であったり、出会った人と話をして新たな考え方に触れたりと、誰もがそういう、自分を刺激するような本当の旅の意味を探しているのだと思います。確かに新しいテーマも様々に出てきていますが、突き詰めればここに至るのではないかと感じています。

海のイメージが強いカリフォルニアだが大自然の中のハイキングも楽しい
(シャスタカスケード/ @nickfjord)


――それが、旅の本質だと。

もう1つは、「世界をもっと深く知る」ということです。それこそが本当に「旅の力」だと思いますし、「平和の力」でもある。旅ができるということは、イコールで平和ということなんです。つまり、海外を訪れ外国の人に会って、楽しく話をしたり食事をしたりした後に、その国の人たちに対して戦争を起こすことなんてできるはずもないということです。

ただ、今回のウクライナ危機では、ロシアの人たちはウクライナに多くの親戚の方や友人がいるはずなのに、現実には戦争状態にある。このあたりは正直よく理解できないところです。私たちの価値観や考え方が通じない世界もあるのだろうと思うしかなく、これは本当に残念なことですが、だからこそ、世界中の人々がもっと旅に出て各国を巡り交流し、互いを深く知り合わなければならないと強く思うのです。


“I want to be a fish.”、そしてパッションを忘れない


――でも、乗り越えなくてはならない「壁」は厳然とありますね。

そうですね‥‥。昨年、たまたまインバウンドの仕事で世界遺産でもある京都・清水寺を訪れたのですが、その際に、和尚様が案内してくださって非公開部分も特別拝観できるバックステージツアーに参加し、国賓など特別なゲストをお迎えする迎賓殿の建物に鎮座している4mという長さの「仏足石」を見ることができました。

壁一面にもたくさんの仏が並ぶ光景は、まさに圧巻でしたが、お釈迦様の足裏の形を刻んだという、その「仏足石」には魚の模様も描かれていました。不思議に思って和尚様にお聞きすると、「国境を持たない魚はどこにでも行けるということを表してます」と模様の意味を教えてくださいました。私は、その話を聞いた瞬間、もう “I want to be a fish.” と願わずにいられなかったのを覚えています。

人と人とのつながりは「旅の力」「平和の力」の源。
IPW2022で故郷イリノイ州の仲間たちと(写真上)。コロナ禍前の2019年に開催した
熱気あふれるカリフォルニア・ガールズナイト2019(同下)。


――マージョリーさんにとって、旅は特別なものですね。

旅行もビジネスです。それはもちろんそうなのですが、旅は本当に「ライフ」そのものなんですよね。私の場合、「旅がなければ生きていけない」と言ってもいいくらい。まさに “No Travel, No Life” です。そしてそこにはもちろん大自然の要素は欠かせません。

自分自身、その旅というものに対してパッションを持ち続けてきたつもりですし、どんな仕事をするにしてもパッションが必須だと考えています。パッションがなければ、仕事を長く続けることもできません。これまでもそしてこれからも、ツーリズムや旅行が、私にとっては間違いなく人生のパッションの対象であり続けるのだろうと考えています。

――ありがとうございました。 

         *       *       *

「ミシシッピ・リバー・カントリー」を、はるか以前に一度取材で訪れたことがあります。当時話題となっていたTVドラマ『大草原の小さな家』や映画『フィールド・オブ・ドリームス』、小説『トム・ソーヤーの冒険』などアメリカの歴史や生活文化を描いた物語(最近は知る人も少なそう。。)をテーマに、流域各地にその舞台となった町を訪ねるものでした。
いずれも個性的で魅力あふれる所で、ある町では観光関係者に加えて、そこで燃料会社や建築会社を営む方々にも話をお聞きする機会がありました。少しの時間でしたが、彼らもまたツーリズムの一翼を担う仲間であることを実感した次第です。
草の根の交流と国際的な相互理解。当初からその意味に着眼し、ここまでつないできたマージョリーさんのパッションにはあらためて驚かされます。
“No Travel, No Life” 。大事にしなくては。

取材・編集 武藤英夫 株式会社ジャパンライフデザインシステムズのエディター。旅行会社、旅行業メディアを経て、現在はツーリズムとヘルスを足がかりにした生活者研究、情報発信、ファンマーケティング等に従事しつつ、さまざまな人と地域のウエルビーイングの実現に取組中。




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