【たびのちから】#2 「旅は、新しい風を入れ、自分を刷新し続けてくれるもの」。その旅人は言った。<後/仕事と家族編>
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【たびのちから】#2 「旅は、新しい風を入れ、自分を刷新し続けてくれるもの」。その旅人は言った。<後/仕事と家族編>

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INDIGO ディレクター 府川尚弘さんへのインタビュー「後編」です。前編では主に、INDIGOの取り組みとそこに至る若き日々の体験についてお聞きしました。よろしければご一読ください。☟☟
【たびのちから】<前 / INDIGOと若き日々編>

上の写真:静岡県の大井川鐵道を楽しむカナダの旅行会社役員たち。府川さんがTSJ時代にエアカナダと共同企画した。「笑顔は力」なり。


INDIGO LLC ディレクター  府川尚弘さん

〔Profile〕
ふかわなおひろ  1971年神奈川県生まれ。立教大学卒業後、国際観光振興会(現 日本政府観光局)にてインバウンドマーケティング事業に従事、日本ASEANセンター出向の後、ツーリズムマーケティング会社に移籍。外国政府観光局やクルーズ会社などの事業を担当、2017~21年静岡ツーリズムビューロー(TSJ)ディレクターを経て現職。青山学院大学地球共生学部講師(非常勤)も務める。

■訪日旅行者のムチャブリに応え続けた毎日


◎いろいろな人との出会いがあったわけですね。大学卒業後は国際観光振興会(JNTO*現日本政府観光局)に入りました。ツーリズムに携わることにどんな思いがありましたか

就職活動中に偶然目にしたのがJNTOの求人案内でした。学生時代にアメリカに旅行した時、こちらはアメリカのことをそこそこ知っているのに、現地で出会ったアメリカ人は日本のことをまるで知らないことにショックを受けました。そのギャップを何とか埋められないものかと思っていたところだったので、海外からの訪日旅行者の誘致を図るJNTOという組織のミッションのようなものは自分の感覚ともマッチしていました。

最初の配属は、当時有楽町にあったツーリストインフォメーションセンター。そのカウンターに立っていると実にいろいろな国の方が訪れます。いきなり当人の趣味を告げられてそのテーマの旅がしたいとか、2週間のジャパンレールパスを持参して、何も決めてないからとにかくプランをつくってほしいとか、かなり無茶なオーダーが毎日のように持ち込まれました。

1990年代前半、オンラインツールもまだない時代です。何とか応えようと関係先のあちこちに電話で問い合わせをするのですが、「国際観光振興会の外国人案内所ですが・・」と言うと、即「うちは結構です」とガチャンと切られてしまうこともありました。まだ訪日客数が年間350万人程度の時代で抵抗感も強かった頃です。

毎日がこんな具合でしたが、そうした下積み時代を経ていく中で、外国語研究所の先生方との研究所の外でのお付き合いなどの実体験も加わり、学生の頃から実感していた日本特有の閉鎖的な部分にも気づかされていったわけです。

ドイツで開催された海外の旅行会社との商談会に参加したJNTOの展示ブース。
訪日客拡大を図る取り組みの一環


◎日本で働いていても世界を意識せざるを得ない環境だったようですね。

そうですね。JNTOには10年在籍しましたが、その間に3年間、国際機関日本ASEANセンターというところに出向しました。ここではJNTOとは逆に、日本からASEAN地域への旅行を拡大するための仕事を担当しました。

最初の上司はフィリピン政府観光省から、次はタイ国政府観光庁からの出向で、それぞれの国出身の方々でした。センターの貿易や投資の部署には、インドネシアやマレーシアなどの方も在籍、出張も上司の出身国に加えて、ベトナムやブルネイ、カンボジア、シンガポールなど、職場で様々な国の人と接しながら働く中で、自分の知識や経験、心が広がっていくのを感じました。

何よりも日本にいながらにして海外の人と接点を持ち仕事をする機会に恵まれたことは貴重な経験でした。相手の立場に立ち対比的にものを見ることの大切さを学ぶこともできたのです。

ラオスで実施された日本ASEANセンターの人材研修セミナーにて。
現在も講師として協力することも


その後、JNTOに戻り調査業務などを経て、ツーリズムのマーケティング会社に移り、今度は日本人を対象とした海外旅行マーケティングを様々な形で経験し、自分自身も国内外をごく頻繁に移動する旅人となりました。日本の先を行っていた海外政府観光局などのマーケティングを実践することなどによって、ツーリズムを地域に貢献する産業として総合的に理解することができたと思っています。


■カナダと静岡で考えた「旅の共通価値」とは


◎2017年の静岡ツーリズムビューロー(TSJ)設立と同時に初代ディレクターに着任しました。ここでは何を目指しましたか。

TSJは、海外からの旅行客を静岡県に誘致し地域づくりを進めるマーケティング組織(DMO)です。そこで実践したかったのは、ツーリズムの中で、異なる文化や人と人の出会いをつくり、旅人とそれに関わる産業や地域に豊かな感動を作り出し、共通価値を相互にシェアすることへのチャレンジでした。

常々、ツーリズムと旅(トラベル)は混同されているのではないかと思っています。

旅というのは、こういう旅をしたいという個人の希望であって、それを実現するために旅行会社などがサービスを提供していくもの。一方、ツーリズムは相互の関わり合いと全体関係です。

静岡県と言えば、やはり日本のアイコンでもある富士山とお茶。
TSJではそれらを踏まえた戦略的マーケティングを実践した


訪れる側の旅人と受け入れる側の地域住民、双方の満足度を上げるためのいろいろなサービスがあり、結果的に満足度が上がり質の高い体験ができれば、その対価が地域に落とされるということ。無論、旅人は自分がどういう影響を地域に与えるのかを理解していることは重要です。

そうした共通価値を見出す旅人と地域と地域産業ができてくれば、それがその地域のツーリズムコミュニティとなり、いわば心と経済の両立したよい循環効果を生んでいく。そして地域の豊かさを地域の人も再認識し、それがどんどん広がり次世代にもつながっていく。そのエコシステム(循環環境)がツーリズムというものではないでしょうか。

◎ツーリズムとは、旅人と地域の相互満足の実現と価値の共有、その循環系だということですね。

はい。それを身近なこととして考えてみました。妻がカナダ人なので、私もカナダによく行きます。カナダは移民がつくったまだ若い国です。建国は1867年ということなので、今年で155年。英国系、フランス系移民が入植して以来、中欧・東欧や中華系、インド、東南アジア、東アジアからの移民など、多くの歴史と生活を背景とした人々で成り立っています。カナダは文化のモザイクと言われる所以でしょう。いろいろな家族や人々がカナダで生活しながらもそれぞれ出自の国の文化をある程度守りながら、カナダという舞台で活躍し暮らしているのがよくわかる。それが私にとってはすごいことです。

カナダ全土を結ぶVIA鉄道。オンタリオ州でもトロント近郊からは通勤客も利用する日常の風景


例えば私が地元のコーヒーショップに行くと、中東系のスタッフが「ハイ元気?」みたいに気軽に声を掛けてくれ、トランクに荷物を一杯積んでいるのが見えれば、「コストコ行ってきたの?大変ねえ」みたいな会話になる。そこには私がアジア人の顔をしているとか、自分は中東系だけどカナダのカフェで働いているという意識、言い換えれば「ガイジン」かどうかなどは全く関係しない。それが普通で、そういう会話が当たり前に成り立つ。日本でも海外の人がたくさん働いているけどそうはならないでしょう。

現地の友人も両親はヨーロッパ系、知人は韓国や香港出身などと多彩ですが、基本的にはそうした背景の異なる人たちが全くフラットな関係で話をする。環境設定が違うことは問題にならないし、カナダの優位性やお互いの強みなどを生かした協調性などポジティブな話題になります。


■旅人から生活者へ、コロナ禍が変えた旅のカタチ


◎そういう認識は、コロナ禍の中で変化はありますか。

私がカナダ人家族を持つようになって20年以上になりますが、コロナ禍前は年4~5回ほどカナダを訪れても毎回1週間~10日間ほどしか滞在しませんでした。回数は多いけれどもよそ者として往来していたわけです。でも、コロナ禍になってからは、日加間の国境状況などもあり2拠点居住的に頻度を減らして、今は年2回、滞在時間は1カ月~1カ月半と長期化しています。

雪の中、スクールバスで通学する息子を自宅から見送る
友人たちとの夕食後に何気なく撮った一枚。地方のごく普通の街も目線が変われば‥‥


これだけの期間滞在すると旅行者というより生活者の感覚に近くなります。そうなると例えば、近所のゴミの出し方を知る必要が生じるし、地域の行事も無視できなくなる。さきほど触れたようにカナダ人はルーツを大切にするので、クリスマスなど自分たちの伝統行事も大事にします。

短い夏を思う存分楽しむために、時間や光をできるだけ日常生活の中で楽しめるような工夫をする。食べ物も旬の恵みに目が行くようになる。つまり地域の生活者として、1年のライフサイクルに入ることになる。だからこそ、地元の人がどれだけ季節を楽しんでいるかがわかるようになるし、逆に日本に戻れば日本の豊かさを再発見することにもつながるのです。ヒューマニティの再認識とコミュニティの連鎖とも言えると思います。

オンタリオ州で2019年に開催されたJapan Festival CANADAのワンシーン。ポップカルチャーや伝統芸能など日本文化を紹介するもので期間中9万人が参加。日本人気は北米でも着実に拡大中

◎カナダで旅人から生活者への意識変化を体験したわけですね。

旅は、新たな出会いによって対比できる環境を与えてくれるとも言えます。自分という人間が移動すれば、行った先の家族や友だちと場所や時間を共有することで、共通価値みたいなものができてくるわけです。“自分の中のツーリズム”のようなものが循環的に存在するように思います。

人は動かないと考えが固定化してしまいますが、自分が動くことで自分の中に新しい風が入ってきます。やはり風を入れないと時代に合わない頑固者みたいになってしまう。だから常に場所を変えていく中で、新しい風に当たり自分を刷新していくこと。自己の持続的発展性とでも言いますか、それが私にとっての旅の意味のひとつです。

ただ、旅はきっかけに過ぎないので、それを自分がどう消化・理解し、仕事や生き方に反映し、よりよく生きることに気づくかは、本人次第だと思います。「生きがい」とも言えるかもしれませんが、個人の視野や視点、そして価値観によって、それぞれが大切と思う方向へ意識的に展開されていくものだと思っています。

◎ありがとうございました。

トロントの大学寮に入る愛娘の引っ越しを手伝う父親。まさに生活者

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TSJがスタートした時、府川さんが掲げた行動理念は『心の開国』でした。TSJロゴには『Shizuoka UNITED, Sharing one SPIRIT』とも記されています。そして、INDIGOのサイトを開くと、『Minds open to the world』という言葉が目に飛び込んできます。出会いを大切にし、心の壁をなくし、自分を刷新し続けること。そのスピリットは、さまざまな活動にしっかり根付いているように感じました。

文・武藤英夫 株式会社ジャパンライフデザインシステムズのエディター。旅行会社、旅行業メディアを経て、現在はツーリズムとヘルスを足がかりにした生活者研究、情報発信、ファンマーケティング等に従事しつつ、さまざまな人と地域のウエルビーイングの実現に取組中。

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