#1 ハナコ世代がデザインする、 この先の10年
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#1 ハナコ世代がデザインする、 この先の10年

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■還暦だ~!60代だ~!さあ、どうする?

今年10月に60歳になります。還暦です!
同級生からの年賀状には「還暦って、なんだかピンとこないね」「還暦同窓会で、会えるといいね」といったメッセージが添えられていました。

“赤いちゃんちゃんこ”のイメージが強い還暦ですが、真っ赤なハイヒールを買ったり、愛車を赤のミニクーパーに買い替えたりと、諸先輩の還暦の迎え方は様々。人生100年時代がデフォルトになりつつある今、60歳からをどう生きるかは、なかなか大きなテーマです。


60歳になる今年のテーマカラーは「赤」




私が社会人になったのは1985年4月。学生時代は、空前の女子大生ブームが巻き起こっていました。『CanCam』(1982年、小学館)、『Olive』(1982年、マガジンハウス)、『ViVi』(1983年、講談社)など、女子大生向けファッション誌の創刊ラッシュで、1983年に『オールナイトフジ』(フジテレビ系)が始まると、女子大生ブームは頂点に達しました。ブームに乗ることのない普通の女子学生にとっても、その時代に大学生であることは、何となく心躍るものがありました。

けれども、就職活動が始まると様相は一変。女子学生が大企業にトライしようとすると、「浪人・下宿・4大卒」は“3重苦”とされ、就職に不利に働くとされたのです。そんな理不尽なことがあるのか、と男子学生との違いを初めて痛感しました。「企業はできるだけ若い女性を採用して、2~3年後に寿退職、また新たな若い女性を採用したいのさ」という先輩の言葉にため息・・・そんな時代でした。

それでも、1980年に創刊された『私たちの就職手帳-女子学生による、女子学生のための就職情報誌』には、社会に出てしっかりとキャリアを積んでいこうとする、多くの女子学生の声が溢れていました。私も大学の生協で購入し、隅から隅まで読んだ記憶があります。そして1986年4月1日、男女雇用機会均等法が施行され、女子学生の社会への入場門は大きく開かれていくのでした。


■バブル時代の空気を、全身で浴びた20代

社会人4年目の1988年6月に『Hanako』がマガジンハウスから創刊されました。キャッチフレーズは『キャリアとケッコンだけじゃ、イヤ。』。代官山や恵比寿といった街や新しくオープンしたショップが毎週紹介され、テレビにも頻繁に取り上げられていました。

雑誌をチェックして旅行に買い物にとアクティブに暮らす20代女性が時代を象徴する女性像となり、「Hanako」「Hanako族」は1989年の流行語大賞も受賞。当時、20代半ばから後半だった私たちは、気が付けば「ハナコ世代」と命名され、『「バブル世代」や「新人類」とも呼ばれ、旺盛な情報収集力と消費意欲を発揮した世代(1959年~1964年生まれ)』と定義づけられたのです。ちなみに、今年60歳の私は1962年生まれ。

思い返せば、テレビや雑誌をチェックして面白そうだと思えば、学生時代の友人や会社の同僚と連れ立って訪れ、「次はどこへ行こうか?」と常に新しいモノやコトを探していました。

20代は、ショッピング、グルメ、海外旅行、テニス、スキーなどをひと通り体験。バブル景気が1986年から1991年とされているので、社会人になってからの数年間は、日本全体が今までにない好景気を実感していた時期でした。確かに、めいっぱい働く一方で、平日の夜や休日も全開で遊び、将来への不安や不満も大してなく、今思えば本当に貴重な時間だったと心底思います。

その数年間に刷り込まれた体験は、なかなか忘れることはできません。それが世代の特性として語られ、ロスジェネ世代(1970年~1982年頃に生まれた世代)からは「いいですねバブル世代は、悩みがなくて・・・」とたびたび揶揄されます。


円高効果で、気軽に海外に飛べた80年代


先に触れた男女雇用機会均等法が施行されたことで、女性を登用する機運は急速に高まり、結婚や子育てとキャリアをバランスよく両立させる女性が増加。役員や管理職へ女性を登用する企業も増えつつあります。世界的にみればまだまだの感はありますが、この男女雇用機会均等法の施行は確かに社会の空気を変えました。

この法律の制定に、先輩方が長年に渡って尽力されたことを私が理解したのは、つい最近のこと。女性の地位向上に力を注いだ元労働官僚の赤松良子さん(日本ユニセフ協会会長)の『私の履歴書』(日本経済新聞2021年11月連載)を読んだのがきっかけでした。旧弊な組織の中で様々な壁に阻まれながら、真摯に戦った末に勝ち取った男女雇用機会均等法。一朝一夕に得たものではないことを、一人でも多くの人に知って欲しいです。

■選択肢は無限大!ハナコ世代の人生設計

かなり前に読んだ『繊維月報』(伊藤忠商事株式会社 2013年10月)の特集『団塊マーケットの可能性』の中で、シニアマーケットの今後を論じたレポートがとても印象に残っています。「これまでシニア:戦前・戦中世代、今どきシニア:団塊世代、この先シニア:ハナコ世代」の3つの世代特性を考察しながら、今後の人生のシナリオと消費を分析していました。

「“この先シニア”女性がマーケットを大きく変える」とし、「社会の中の私」を常に意識して生きてきたハナコ世代は、シニアマーケットを活性化させる!と結論づけています。レポートを読んでから10年近くの時間が流れ、“この先シニア”だったハナコ世代は、これからの時間をどう過ごすのか、大きな岐路に立っているような気分です。

自分自身の周囲を見回すだけでも、実に様々な生き方がみえてきます。

多いのは、「定年まで勤めて60歳で退職し再雇用で続投する」ケースと、「子育て卒業を機に社会復帰する」ケース。在職中に取得した資格をいかして起業・独立したり、大学で学び直して自分の研究室を持ったり、60歳で故郷へ戻って新たな暮らしを始めたりと、就職した頃には考えつかなかったほど多岐に渡ります。

誕生日やクリスマスに毎年手作りのケーキを送ってくれる友人の年賀状には、「スイーツコンシェルジュの資格取得に向けて猛勉強中!」とあり、大きな勇気をもらいました。

先日、世田谷美術館でみた『生誕160年記念 グランマ・モーゼス展』も実に刺激的な時間でした。1860年生まれのグランマ・モーゼスは、今でこそ“モーゼスおばさん”として著名な画家ですが、絵を描き始めたのは70代で、初めての個展を開催したのは80代。101歳で亡くなるまでに1,600点以上の作品を描き続けました。
農家の日々の暮らしを描いたその様子からは、自給自足の丁寧なライフスタイルが伝わってきます。60代なんて、まだまだ人生後半の入口に過ぎないと思わせてくれる“モーゼスおばさん”の生き様でした。


大きな刺激をくれたグランマ・モーゼス展



これまで、マーケットを俯瞰する際、「世代」「時代」「年代」の3つを着眼のポイントにしてきました。「ハナコ世代×バブル時代×20代」からは、何の不安もなく豊かさを謳歌した私たちの20代がみえてきます。さしずめ今の私たちを考察するには、「ハナコ世代×ウィズコロナ時代×60代」となるのでしょうか。

高齢社会研究の第一人者、秋山弘子氏(東京大学名誉教授 高齢社会総合研究機構客員教授)は、「人生90年あればまったく異なる複数のキャリアを持つことも可能。1つの仕事を終えて、60歳代から次のキャリアのために学校で勉強し直すという"二毛作"の人生設計もあり得ます」と常々話されています。

「人生が倍近く長くなっただけでなく、選択も幅広く、自由度が高くなりました。今や、人生を自ら設計する時代です」。

この秋山先生の言葉は、ハナコ世代にはとても魅力的。新しいことへの興味やフットワークの軽さを武器に、今から何でも始められる!と前向きに捉えれば、目の前の小さな迷いも自然と消えていきそうです。

ハナコ世代がどのような60代を紡いでいくのか、様々な生き方を私なりに探りつつ、自分自身の60代もデザインしていけたらと思います。


文・藤本真穂 
株式会社ジャパンライフデザインシステムズで、生活者の分析を通して、求められる商品やサービスを考え、生み出す仕事に従事。女性たちの新たなライフスタイルを探った『直感する未来 都市で働く女性1000名の報告』(発行:ライフデザインブックス2014年3月)の編纂に関わる。今年60歳を迎えるのを機に、自分自身の働き方や生き方を振り返り、これからの10年をどうデザインするかが当面の課題。

 

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